他の流派(人物)への批判について カテゴリ記事一覧

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  • 依頼されてる皆様、お待ちください。今日は少し真面目な話を。とある四柱推命をされる方の意見をネット上で拝見したのですが(私の行う四柱推命とは違う流派)、まあ何と申しますか、「自分らの四柱推命が正しい四柱推命だ。よその四柱推命は間違いばかりだ」が主訴のようです。他の流派(人物)のことをあれこれ言うのは別にいいのですが、「自身の行う四柱推命が絶対的に正しいんだ」と信じて疑わない、その傲慢さに辟易します。


    流派によって、理論や見方が違うのは、「当たり前」であり、どこの四柱推命流派が正しくて、どこの四柱推命流派は間違いというのは、私は全く無いという考えなので、そのような意見を見てると、ムカムカしてきます(笑)。その方が書かれている内容は、私からすると、少々理論的には甘いんですが、一般の方は分からないと思います。


    ○○○○法を主に用いる流派は、○○流だというのは重々承知してます。これは窮通宝鑑という書(窮通宝鑑ではない、別の書名もあります)が大元になってます。しかし、世の中には、この窮通宝鑑を軸としない四柱推命流派も存在します。私が行っている流派は窮通宝鑑ではなく滴天髄が軸です。また中には淵海子平を軸とするところもあります。また、占者によって、多種多様な見方、解釈が存在するのが四柱推命ですから、言わば四柱推命の世界は混沌として、全く統一されていないと言えます。


    そのような統一されていない四柱推命の中にあって、「私の行う四柱推命は正しいんだ。よそは間違いだ」と言える、その具体的な根拠はいったい何でしょうか。まさか、滴天髄という書に書いてある内容や、その著者をよく知らないということはないと思いますが、では世の中の四柱推命流派で、窮通宝鑑を軸としない流派が存在するということはご存知なのでしょうか。


    私は窮通宝鑑の考え方は知ってますが、これをメインに用いることはありません。なぜ、この窮通宝鑑が、一部の○○流では幅を利かせているかというのは、○○先生の○○にあると思います。しかし、窮通宝鑑を主の見方として採用しない方や、中には全否定する方もおられるのは事実です。気になる生徒さんには電話でお話しします。


    四柱推命は流派によって理論が大きく違います。通変星の解釈も、干関係の見方も、干合の見方も、格局の取り方も概念も、月令の出し方も、蔵干の考え方も全てが違うといっても過言ではないです。大運の算出も、節入り日から、次の節入り日(前の節入り日)を数えて3で割る方式を使用される方もいれば、太陽黄経に基づいて、される方もいます。


    そんな違いを踏まえずに、他流派、他者を排斥するような主張は賢明ではありません。先ほど、とある先生(私とは違う流派の先生)のサイトを拝見したら、窮通宝鑑について、そして四柱推命の理論について、非常に見識のある、含蓄のある素晴らしいお考えを書かれていました。ここで紹介したい衝動に駆られましたが、万が一、その先生の迷惑になるのは良くないと思うので、やめておきます。その素晴らしいお考えの先生の流派と、最初に話した、ムカムカする人物は、もしかしたら同じか、近い流派かもしれません。人間の差、品性の差を感じざるをえません。


    言葉で他流派、他者を批判して、低く貶めるのは、結果的に自身を下げてしまうことになりかねません。弊社の講座を受講されている生徒さんは、このことを肝に銘じて、他の流派の方の発言に心乱すことなく、ご自身の四柱推命に自信を持って品のある、落ち着きのある言動、行動をお願いします。そして、他流派の方や、他流派の四柱推命理論と接する機会があったら、批判心を沸き立たせるような愚かなことはせず、どうぞ尊重して下さい。