発達障害についての個人的見解 カテゴリ記事一覧

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    私、非常に不可解に思ってることがあります。それは、「普通の人と比べて、スムーズに物事上手くいかない人(できない人)や、普通の人よりも個性的だったり、人並み外れた個性や集中力を持つ人を、発達障害だ、アスペルガーだ何だと簡単に決め付ける医者や関係者が、最近、多くないか!?」ということです。


    本当に、何かおかしく感じるんです。言わせていただくと、人は皆、同じように対人関係が上手くいって、場の空気が読めて、同じように勉強ができる、そつの無い人間ではないんです。皆が同じように満遍なく、色々なことに平均的に興味を持つわけではありません。何かの点では、からっきしダメだけど、何かの分野に対してのみ異常に興味関心を持つ人って、四柱推命で視ても沢山います。



    人間って、みんな、そんなに平均的な人ばかりではありません。優しい性格だけど、金使いが荒い人もいますし、勉強は嫌いだけど、人付き合いはすごく上手って人もいます。対人関係は上手くないけど、デスクワークは得意な人もいます。



    例えば、私のように、大人になっても四柱推命に対して異常な執着と時間と集中力を傾ける人間は、最近の医者が診断すれば、アスペルガーと診断するかもしれません。私は高校時代(普通科)、成績が下から数番目で、何とか3年で高校を卒業しましたが、毎年、本当に留年しかけました。教科書は家に持って帰らず机に入れたまま(捻くれてないで持って帰ればいいのにと思うかもしれませんが、ささやかな教師への反発、反抗です)。夏休みの補修(補講?)は3年間で出た覚えが1日もありません。科目では、特に数学と物理が嫌いで、数学の授業がある日は時々、仮病で休んでました(高校2年の頃)。



    数学、物理のテストは毎回、一桁台か0点の点数。試験のたびに、毎回、赤点を7科目ぐらい取ってました。対人関係においては協調性がなく、無愛想だったため、話せる同窓生(同性)は僅かしかいませんでした(異性は1人もいない)。学校行事、クラス内でのグループワークにも消極的かつ無関心、無気力だったためか、高校卒業後、同窓会に1度も呼ばれたことがありません(笑)。高校生の頃は無口で寡黙で、人と話すことが苦手でした。言葉が足りないために相手を怒らせてしまったことも、しばしばありました。



    こんな感じの性格的に偏った未熟者でしたから、社会に出ても、会社勤めもまともに勤まりません。結局は自分で起業して、少しずつ社会性、対人関係を上手くやるコツを身につけながら、一生懸命に1つのこと(四柱推命)に集中していくしか食べていく道が無かったと言えます。高校の頃より、周囲は私に対して、「変わってる、変わりもの、個性的」と言ってましたが、「変わり者で何が悪い。変わっていることは個性だ。個性のないお前らこそつまらん!」と心の中で開き直り、周囲の同窓生を相手にしなかったので、知人、友人が少なかったのでしょう。今はそんな捻くれた考えはなく、少しは大人になりました。



    話は変わり。最近、とあるご相談を受けたのですが、その相談者様の身内の方が、「広範性発達障害」と医師の診断を受けたということでした。その身内の方を四柱推命で視てみると、特に大きな問題は感じられませんでした。日々、少しスムーズに行かないことがあっても、そんなに気にすることはないと思うのですが(良くない時期もあれば、良くなる時も未来にあるし。人生は短いようで長いです)、昨今、人々は、何かスムーズにいかないことが少しでも見られると、発達障害じゃないかなどと、「気にし過ぎ」のように思います。医者は、患者の言動や状態、状況について、何か診断名を付けないといけないので、あれこれと、もっともらしい診断名を付けるのでしょうけど、これは、安易なレッテル張りでしかなく、私から言わせれば百害あって一利なしです。